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zowのプログラムな日々

日々のプログラミングとか

音楽遍歴(高校生)

日記的なもの

BOOWYレベッカという当時の邦楽2大巨頭を聞きながら中学生時代を過ごして高校生になる。ただBOOWYはもう解散していたし、レベッカも流行りの絶頂は通り過ぎていた(高校2年ぐらいで解散したと思う)。なので中学入学時と同じく聞く音楽は迷走することになるわけだけど、今回は以前とは状況が違う。なにしろ高校生なのでそれなりに財力もあるし、雑誌等から情報も入手できる。この頃には自分の部屋にテレビもあったし、深夜番組なんかも見ていたのでメジャーではないマイナーな音楽にも触れる機会は増えていた。そんな俺が高校入学直後に興味を持った音楽がこちら。

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なんと小泉今日子である。アイドルなのである。聴き始めたきっかけは仲の良かった女の子がCD貸してくれたからだ。小泉今日子はミュージシャンかアイドルかと問われれば間違いなくアイドルなんだけども、このCDを貸してくれた女の子はアイドルとしては扱ってなかった。「サブカル」と言えばいいのだろうか。この当時、小泉今日子自身もアイドルからの脱却を目指していたようで、アイドルらしからぬ曲を出していた。その為、他のアーティストと積極的にコラボしていた。上記ビデオは当時まだデビューして間もないスカパラと組んだ曲だ。

思えば、この「サブカル」という言葉に高校時代はずっと踊らされていた気がする。ちなみにCDを貸してくれた女の子とは音楽の趣味が合って(サブカル的な)卒業まで仲良く過ごした。恋愛的発展はなかったけどもいい思い出だ。

小泉今日子からサブカル方面に入っていけば比較的早く「本丸」に辿り着くのだけども、私の場合、すんなり本丸には辿りつけなかった。小泉今日子は聞いていたけども、そこにサブカル臭を感じることはほとんどなく、もっとサブカル的な音楽をそれ以外にも聞いていたからだ。我ながら間違ったサブカルへの入り方をしていったと思ってる。

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サブカル通り越して裏口に回ってしまった感じだが、筋肉少女帯である。確か深夜番組かなんかで見かけて聞くようになったと思う。元々パンクだとか軽めのハードロック的なものには興味があったのですんなり聞けた。今思うとどうかしてるが・・・w まぁちょっと興味深いのでここからサブカルの本丸に至る過程を辿ってみたいと思う。

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当然というか、ある意味こっちがサブカルの本丸だと思うんだけど、当時の「サブカル」は今風に言うと「サブカル()」って感じで、あくまでもファッション的サブカルというかなんというか、とにかく爽やかな「渋谷系」と呼ばれていた。あっちが渋谷ならこっちは下北だろうか。とにかく爽やかではなくてちょっとどぶ臭いというか、そんな雰囲気だった。

それはともかく、この有頂天にはうちの兄貴経由で辿り着いた。後述するけど、当時の日本はバンドブームという一大ムーブメントが起きていて、それに乗ろうと思ったのか、兄貴もギターとかやっていたんだけども、そんな兄のCDライブラリの片隅にあった。兄はほとんど聴いてなかったみたいだが俺には非常にヒットしたのでよく聞いていた。なので筋肉少女帯経由で辿り着いたのではなく、兄貴経由で辿り着いてよく見てみたら同じ穴の狢だった。とにかくナゴム系(サブカル()と分けて考えたいのでナゴム系という言い方をする)との関わりはこの2つのバンドで終わった。というかあまり深く関わったらやばそうだった。

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人生じゃないのであえてナゴム系とは分けてる。電気に手を出したのは深夜番組で見たからだったと思う。当時はテクノってよりもヒップホップ的に扱われてたかな。この頃電気工事のバイトをやっててかなり懐具合が良かったので衝動買いに近かったと思う。今でこそ電気大好きでよく聞くのだけども、この当時はそこまでピンとこなかった。高校卒業して数年後、DRAGONを買ってから本格的に聞くようになった。

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電気と同時期にやっぱスチャダラパーも聴き始めたんだけども、こちらは兄貴の影響だったんじゃないかな。バンドブームに乗ろうとギターをやってたっぽい兄はバンド的な音楽を好きかと問われると決してそんなことはなくて、中学時代に聞いていたUKの音楽から正当進化をしたのか、ユーロビート→ハウスと聞く音楽が変化し、そこからヒップホップを聞くようになり、最終的にスカ→レゲエに行き着いてた。俺が高校卒業する頃にはかなりレゲエに傾倒していたと思う。そのヒップホップ的な流れで日本では当時ほとんどいなかったヒップホップグループという流れでスチャダラパーを聴いたのがきっかけだったと思う。かなりコミカルだったりもするし、色物の類だと思うのでナゴム臭がちらほらするんだけども、これもナゴム系ではないと思う。

ただ、この「ナゴム系ではない」というのが、逆に言うと世間から受け入れられやすいギリギリのラインなんだと思う。この2つのグループは見事に「サブカル()」 の仲間として世間から扱われていた。そしてその流れからサブカル系の本丸に辿り着いた。

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こいつらが「サブカル()」もとい渋谷系の本丸である。商業的に成功したかと言えばそんな事はないと思うんだけど「わかる奴だけわかればそれでいい」みたいなサブカル()の風潮とは見事にマッチして、当時の若者には絶大に受け入れられた。これがナゴム系だと「わかる奴は頭おかしい(自虐的な意味で)」みたいな風潮があるからサブカル色の中でもかなりライト層がパーフリ支持だった。当然女の子と仲良くなる為のファッション的音楽としてここら辺の音楽を聴いてた俺もパーフリ支持だ。「実は筋肉少女帯聴いてるんだー」なんてことは女の子には言えないのである。

とまぁ、ファッション的要素の一つとしてパーフリに行き着いたんだけども、実は音楽的にも非常によろしくて、現在までに出された日本人アーティストのCDでオススメ5枚挙げろと言われたら、間違いなく世界塔は入れると思う。それぐらいこの時代の音楽としては図抜けていて、奇跡的な1枚だと思う。

じゃぁ高校時代はサブカル()な音楽だけを聴いてたのかというと実はこれは女の子的対策のための施策で、実際はもっと違うものを頻繁に聞いていた。男に対しては全然違ったのである。

ある日同じクラスの友人から音楽何聴いてる?と聞かれる。まぁ普通の会話だ。

俺:「筋肉少女帯とかかな」

と答えるとその友人は言った

友人A:「なにそれwwだせぇwwww」

え、マジで?こいつ喧嘩売ってんの?と思いつつ

俺:「じゃお前は何聴いてんのよ?」

友人A:「モトリークルーだよ」

USのバンドだ。聴いたこと無いが一応言い返す

俺:「だせぇwww今どきヘビメタですかw」

とそんなことを言い合ってたら他の人間も混ざってくる

友人B:「なになに?音楽の話?俺も混ぜてよー」

俺:「何聴いてるんの?」

友人B:「んー、ラモーンズとか?」

俺、友人A:「・・・・・?」

友人B:「あー古いバンドだから知らないか(若干得意げ)」

俺:「代表的な曲ってなによ?」

友人B:「電撃バップ」

俺:「曲名だせぇw」 友人A:「電撃リーチ棒使ってフリテンでもしてんのかよwww(罰符)」

ダブリの先輩:「音楽の話?俺はT-REX好きなんだけど、やっぱみんなUSのバンドばっか聴いてんの?」

友人A:「いや、こいつなんてUSどころか日本で筋肉少女帯っすよww」

俺以外:「だせぇwww」

俺:「い、いや、たまたま今日は筋肉少女帯聴いてただけで、普段はUKとかよく聞きますよ」

ダブリの先輩:「どんなのよ?」

俺:「・・・デビッド・ボウイ・・・とか?(DuranDuranとか言ったらまた笑われるな。グラムロック系好きそうだし・・・合わせよう)」

ダブリの先輩:「へー、んじゃイギーポップとかも聞くの?グラムロック聞く人少なくてさー」

みたいな感じで、中学時代と違って音楽の話ができる友人が多数いた。後々、この友人たちとは音楽的に同じ趣向を歩むことになる。彼らはバンドを組む事になるのだが(俺は演奏的なセンスがなくて、たまにドラムマシン代わりにスネア叩きに行ってた程度)、その影響でUKパンク等を聴き始めたのだ。

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何はなくとも3大パンク。パンク大好き少年はまずここらへんから入る。あとは日本語のパンク的なところを聞くようになる。

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まぁバンドやろうっていうパンク少年は必ず通る道っていうか、ブルーハーツタブ譜がスタートっていう人は多いんじゃないでしょうか。俺も3枚目のアルバムまではよく聴いてた。

でも友人たちに合わせて表面的にはパンクも聞きつつも、女の子とサブカルってるぐらい浮ついてた俺はガチガチのパンクじゃないものをよく聴いてた。例えば

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いまだに好きなヴェルヴェット・アンダーグラウンド。当時はもう90年代になろうかという時代なので、歴史上の偉人的扱いをされてた気がする。パンクの系譜を辿ってるとどうしてもここに辿り着いてしまう。というか、UKのロックのルーツはビートルズではなく、USのヴェルヴェット・アンダーグラウンドなんじゃなかろうかと思ってしまう。それぐらいパンクとかそっち系に関わりが深い。

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当然ルー・リードも聴いてた。まぁここらへんはダブリの先輩の影響が大きい。正直、グラムロックほとんど聞かんのだけどねw

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スージー・アンド・ザ・バンシーズ。マイナーかと思いきや、意外とメジャーな扱いをされてると思う。ニューウェーブ系バンドだけども、なんか独特のグルーヴ感があって好きだった。

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そしてパンクというよりモッズ系に走ってた。ジョーストラマー格好いいし。ファッションもSchottのピーコートとか着てた。未だにタンスの奥に眠ってるだろう。

と、ここまでは表向きな音楽遍歴の話。実は上記以外の系統の音楽もかなり聞いていた。なぜ別枠で書くのかと言うと、同級生には言い出せなかったからだ。サブカル()とかUKとかそういうんじゃない。ただ純粋に聞きたくて聞いていた。ただ、友人たちにこんな話をしても受け入れられないだろうと当時は黙々と家で聴いてるだけだった。

流れとしては中学時代から聞いていたレベッカからだろうか。突如日本に沸き起こったバンドブームの影響で、日本のロックバンドと兄貴の影響によるものが主になる。

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これは兄貴の影響。ヒップホップにはまった兄貴はデラソウルよりもどちらかと言うとPublic Enemyの方が好きみたいだった。おれはPEよりデラソウルの音が好き。しかも1枚目のみ。

なんでこの1枚目の路線でずっとやってこうと思わなかったんだろうか。ヒップホップだからって暴力的に走る必要性はないと思う。ラブ&ピースでいいじゃん、と当時は思ったな。今思うのは路線変更してアレだけブーイング受ける必要あったのか?とはやっぱり思うんだけど、路線変更すること自体が問題だったんじゃなくて、やり方が問題だったよなーと思う。路線変更するのに「今まで平和的にやってきたけどやっぱ窮屈だから路線変更しますねー」とか明確に言う必要もなかったなって感じかな。黙って路線変更すりゃよかったのに。

当時まだヒップホップな文化なんて日本では殆ど無かったし、そこら辺の高校生がそんなものに興味を持つとも思えず話題には出せなかった。せいぜいスチャダラパーが精一杯だった気がする。

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こちらも兄貴の影響。別にスカタライツだけを聴いてた訳ではなく、スカ全般的に聴いてた。ただスペシャルズとかはスカと言っても2トーンなので、ここではオリジナルと言う意味でスカタライツを挙げた。スペシャルズなんかはスカ色よりもパンク色が強いし、友人たちとの話題にも出たりするんだけど、そのルーツとなるスカタライツなんかは一切話題に出ない。オリジナルスカはルーツ・レゲエのベースになった音楽で、ジャズとレゲエのちょうど中間にある音楽だと思う。音楽の歴史的にも非常に重要な役割を担っていたと思うんだけど、いまいち表舞台に出る音楽ではないのでスルーされがちだ。

全然関係ないが、その後、通勤時にスカタライツを聞きながらラッシュの電車に乗ったら酔ったことがある。長時間同じリズムを繰り返し、しかもそれがゆっくりだと精神的に悪影響があるような気がする。ちょっとしたBGMとして酒でも飲みながら聞くのはいいと思うけど、音楽を聞くぞ!という意気込みで聞くとスカは辛い・・・。

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こちらも兄貴の影響。もう神格化されてるし、ラスタファリアンの中では誕生日が記念日になるぐらいの人なので説明するまでもありませんがボブ・マーリーです。ちなみに命日の5/11は私の誕生日であったりもします。

スタジオ収録のアルバムよりもライブ盤が好きで、Live!とかは今も常に携帯プレイヤーの中に入ってます。音楽的に非常に素晴らしいのですが、正直、高校生の頃は周囲の人が「レゲエ=髪がドレッド=浮浪者」ぐらいの認識しかしてくれてなかったので言えなかったですね。私個人としては、いろんな音楽を聴いてるっていうのもあって、あまりジャンルごとに偏見持ったりっていうのはしないようにしてますが、それを全ての人に求めるのも無理なので黙って独りで聞くのです。

レゲエの代表としてボブ・マーリーを挙げたけども、他にもいろんな人を聴いた。というより、当時はダンスホールばかり聞いていた。ダンスホールの方もいくつか挙げてみよう。

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レゲエと言えばドレッドヘアーだと思うんだけど、世にも珍しい金髪のドレッドヘアーの、その名もイエローマンです。いや実のところ、そんな好きじゃなかったんだけど、あまりにも金色のドレッドが異様でジャケ写見てビビった記憶があるので。

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ダンスホールで当時好きだったのはタイガー。ダミ声とメロディが非常にあってていいです。1枚目だか2枚目だかのジャケットがタイガーって事で虎柄だったんだけども、86年に阪神が優勝した時になぜか売れまくったそうです。なので日本では比較的入手しやすくてよく聴いてました。

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当時の日本で一番売れていたダンスホールと言えばパパ・サンでしょう。別にレゲエが世間に受け入れられて売れてた訳じゃなくて、スーパージョッキーというビートたけしが日曜の昼にやっていたバラエティ番組があったのですが、そこでopかなんかで使われてました。別に歌手名とかは出ないのですが、物凄い早口でしゃべる謎の音楽ってのが受けたのか売れたみたいです。おかげでタイガーと同じく国内盤が出回るまでになってました。たしか何枚目かのアルバムで日本語で挨拶とかしてた気がする。

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いい加減レゲエから離れましょう。まだボブ・マーリーが存命の時にインタビューした記事が出回ったんだけど、神様みたいに崇められてるボブ・マーリーがセッションしたいミュージシャンとして挙げたのが喜納昌吉だったということで、それきっかけで沖縄民謡の世界に足を突っ込みました。この人は今は政治家になってますが、政治の世界は似合わないと思います。沖縄でずっと音楽やってて欲しかった。

当時ちょっとした沖縄ブームみたいなのがあって、他にも沖縄テイストを出した現地の人たちが多数いたんだけども、本土では受け入れられたとは言えず、結構厳しい扱いをされてたと思います。そんな中バンドブームに乗ったThe BOOMが沖縄出身者が独りも居ないにも関わらず島唄でヒットを飛ばしたのをみて、正直なんだかなぁと思ってました。

当然、レゲエが受け入れられない様な文化の中にいたというのもあって、沖縄民謡についても黙々と聴いてました。今もたまに聴いてます。古謝美沙子が好き。

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バンドブームにこのバンドとレピッシュは外せない。でもレピッシュは聴いてなかった。専らユニコーン派だった。聴き始めたきっかけは文化祭で金髪の女の先輩がボーカルでこの曲をやっていたのを見たからだ。決して歌がうまいとかじゃないんだけど、この曲を女性が舞台を走り回りながら歌ってる姿を見たのは衝撃的だった。当然盛り上がり方も凄かった。カラオケで歌ってみると判ると思うけど、この曲歌って盛り上げれる人って凄いと思う。

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布袋のソロには見切りをつけたんだけども、吉川晃司と組んだ事でソロの時よりも明らかに良い。出た瞬間に買いました。その後、吉川晃司と仲違いしてすぐに解散となった訳ですが、先日、東日本大震災の復興チャリティで再結成しました。

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これを見た時、まぁ仲違いが解消された嬉しさもあったんですが、それ以上に衝撃だったのはデビュー当時と明らかに技術が違う。布袋はちょっと異次元レベルの演奏だと思います。布袋だけでなく吉川晃司も当時と比較して肺活量は相変わらず凄いですが、落ち着いてて声も太くなったんじゃないでしょうか。その代わりCOMPLEX結成当時の勢いとか尖ってる感じとかは二人共無くなってる気がします。

まぁCOMPLEXについては話題に出せなかったっていうより、話題にすらならなかったという感じ。たまに同級生がカラオケで1990歌ってるの聴いて、あぁCOMPLEXかぁって思うぐらいの雰囲気だった。BOOWYを聴いてなかった人たちにはあんまり響いてなかったんだと思う。なにしろ、先述した通り変な洋楽ばっか聴いてる人が多かったもので・・・。

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いや、マジでパンクバンド組んで世の中に反抗してやるんだー、と思ってる友人たちにゴーバンズ聴いてるとか言えませんよ。本当に。聴き始めたのはこれも深夜番組だったかな。フジかなんかでやってた帯番組で毎晩流れてた。キャッチーなメロディも然ることながら、意外と演奏がしっかりしているのがポイント。ガールズバンドっていう括り方をしたくないけども、女子のバンドで演奏が凄いと思えるバンドってあまりない。

ここでちょっと余談。ガールズバンドってあんま聞かない。兄はどこまで本気でどこまでシャレか判らないがプリプリとかのCD持ってたけど、俺自身で買ったことがあるガールズバンドって2つしか無い。一つは上にあるゴーバンズ。もうひとつはこちら

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SUPER JUNKY MONKEYだ。この人たちより凄い女の子のバンドは見たことが無いし、今後もないと思う。上が全盛期で、下が再結成時のもの。残念ながらボーカルの人が他界されているので再結成は無理だと言われてたのに他のメンバー3人でボーカル分担して再結成したのが下の動画。ダイジェスト版じゃなくて、ちゃんとした動画が昔はyoutubeにもあったんだけど、今は消されている。非常に残念。正直3人でこの演奏でここまで出来るってのは凄い。ガールズバンドとかそういう括り抜きで純粋に格好いい。できれば今後も活動し続けて欲しい。SCREW UP とSuperJunkyAlienを持ってるんだけど、もうそこら辺のCD屋じゃ手に入らなそうだし宝物と化してます。たまにRPGを無性に聞きたくなる。多分、ニートから脱却して、金に余裕ができたら他の音楽CD等に先駆けて一番最初に買うのはこの復帰映像のDVDだと思う。

高校時代の音楽遍歴はこんなところ。本当は友人たちが組んだバンドの絡みでもっと違う物も聴いてたんだけど、そこは正規のバンドメンバーとしてやってた訳でなく、単なる付き合いレベルで関わっていただけなので省いてます。

俺の音楽人生で一番幅広かったのはこの時期だったかもしれない。当時は音楽業界も活発でいろんなバンドが世に出てきては消えてというのを繰り返していたので動きが早く、毎日が楽しかったと思います。バンドブームはほんと玉石混交で、今じゃ9割方のバンドが解散してると思いますが、あのバンドブームの中を勝ち残ってきたバンドはやはり凄いと思います。若干disり気味にTheBOOMの事を書いてますが、実際のところ私も聴いてました。変な沖縄色を出す前も出した後も。高校生時代はバンドブームの渦から脱却する方法として他の音楽スタイルに変えるのを正直「逃げ」だと思ってました。今思えばそれも多様性で、そういうスタイルでやれるっていうのも器用でいいと思ってます。まぁ若かったんでしょうかね。一貫性を重視していた気がする。