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zowのプログラムな日々

日々のプログラミングとか

PVとMV

日記的なもの

さっきテレビを見てたら懐かしい曲がバックに流れてて、それでついつい昔聴いてた曲なんかをyoutubeで検索しちゃったりなんかして、子供の頃に聴いてた音楽を片っ端から聴きまくったりしてます。プログラム書くときのBGMとして聴こうと思ってたんだけどダメ。あまりにも懐かしすぎて意識が音楽に持ってかれてしまうのでプログラムの手を休めてブログに書いとこうかと。

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テレビで流れてたのはこの曲。DuranDuranの「Ordinary World」という曲。メロディも詩もかなり綺麗で凄い有名な曲(だと思ってる)なんだけど、実はこの曲が出た頃はDuranDuranなんて聴いてなかった(確か90年代半ば)んだけども、この曲を出す遥か昔に聞いていた。DuranDuranがデビューした頃だ。

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DuranDuranを聴いてたのはこの頃。80年代前半で私は当時確か小学校高学年だったと思う。私には4つ年上の兄がいるんだけど、その兄の影響で聴き始めた。音楽的にはかなりゴージャスな感じで、ちょうどパンクな時代が終わって、ユーロビートに汚染される迄の中間の時代だと思う。ディスコミュージック的なバンドミュージックっていうのかな?爽やかで且つノリが良い感じで、当時の若者(と言っても小学生の俺よりも上の世代)に物凄い人気があった。そしてこの頃の曲について語る上で欠かせないのは「PV」である。

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このぐらいの時代からアーティストがPVを作る文化っていうのが浸透してきてて、DuranDuranはその最先鋒というか音楽的に売れるって言うよりPVで売れてるんじゃないの?ってぐらいPVで有名なアーティストだった。当時日本にもやっとMTV Japanってのが深夜帯に放送されるようになって(確かTBSで深夜帯不定期だったと思う)、海外のPVなんかがガンガン流れる様になった。当時小学生の俺はその番組を生で見ることはできず、ビデオ録画して見てた。そんなよく判らない小学生だった。

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で、この曲である。「New Moon on Monday」という曲で、なんか革命前夜的なストーリーで映像作品としてのPVが前面に出た物で、なんか当時これを見て衝撃的だったのを覚えてる(小学生時代なので細かい心境とかはよく覚えてはないんだけど、強烈なインパクトがあった。なんつっても未だに覚えてる)。この頃からストーリー仕立てのPVがどんどん増えてきて、この時代のヒット曲は漏れ無く有名なPVがセットでついてくる。

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誰でも知ってるこの曲だ。最近だとUFOキャッチャーのBGMにもなってるぐらい有名だ。この曲もバブル期バリバリなPVがセットになっている。映像に音楽的要素はなくて、安っぽいドラマ仕立てになってる。

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極めつけはこの曲だ。これだけ有名なPVとセットで語られる曲も無いってぐらいPVも曲も有名。日本でもCM等で使われまくったので知ってる人は多いだろう。この曲辺りからユーロビート全盛時代に移り変わってきたと思う。

ユーロビート全盛な時代になるとPV的文化はどんどん廃れていったと思う。なんつってもノリだけで作られた音楽なのでストーリー性も何もないのだ。

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まぁプロモーション・ビデオって観点だと、これでいいのかもしれんけどね。でも曲の世界を映像化して見せるって感じの初期のPVは好きだったな。でも廃れたと言っても無くなった訳じゃなくて、言い方を変えれば「進化」したと言った方がいいのかな。マイケル・ジャクソンなんかは映画みたいなPV作りまくってるし。

そう、PVと言えばマイケル・ジャクソンを外すことは出来ない。なんつってもこのPVブームの火付け役というか、元祖というか、もうマイケル・ジャクソンの後にも先にもPV文化は無い。

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全ての発端はこの曲。マイケル・ジャクソンがまだ黒人だった頃の曲だ。そしてこのPVの監督はジョン・ランディスブルース・ブラザーズの監督の人。レイア姫が道端でバズーカを撃つというコメディ映画である。映画監督をPVに起用するというのは多分マイケル・ジャクソンが初めてだったと思う。調べたら83年ということだったので、DuranDuranがPVでブイブイ言わせる前にこの出来である。レベルが違う。

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かろうじてまだ黒人のマイケル・ジャクソンの曲。監督はマーティン・スコセッシ。古くはタクシー・ドライバー、最近だとGolangで出来た静的サイトジェネレータである「Hugo」の情報を探そうと「Hugo」で検索したら「ヒューゴの不思議な発明」が引っかかる地味に困る映画の監督である。

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この時期のマイケル・ジャクソンのもう一曲の代表的PV曲といえばこれ。もはや日本では空耳の曲として有名だが、やはりなんと言ってもゼロ・グラヴィティである。当時はびっくりした。その後もライブで失敗した時の映像を見た時もびっくりした。

次はマイケル・ジャクソンの代表的PVと言っていいと思う。80年代も終わり、90年代に突入した辺りのこの曲。

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黒人をやめてしまったマイケル・ジャクソンの曲。さっきから黒人が云々と言っているが、別に差別的な意図はない。この曲はマイケル・ジャクソンが黒人じゃなくなっていく過程で作られた曲である。曲名からも受け取れる様に、人種差別をやめろという曲だ。PVは曲の流れる前半パートと曲が終わってからの後半パートに分かれている。主にPVとしての役割は前半パートが担っていて、当時ヒットしたホームアローンのパロディで始まり、途中のラップパートでもマコーレカルキンが出て、当時としては最新技術であるモーフィングを使うという大衆受けする作りになっている。が、曲の扱っている題材が題材なので娯楽的要素はほとんどなく、マイケル・ジャクソンの主なPVの中ではストーリー性が薄い作品になっている。ただメッセージ性が強烈で、後半パートは人種差別に対するメッセージが強烈に出されている。内容についてはここでは述べないけども、気になる人は解説してる人がたくさんいるので、見てみるといいかも(ニコニコの字幕にも一部説明は書いてある)。

ミュージシャンが作った音楽作品のプロモーションとして作られていたPV。それにミュージシャン自身のメッセージを載せて放送するようになったことで、PVはPVじゃなくなったと思った。音楽を売るための宣伝ではなく、その映像作品自身が意味を持つようになったのだ。それが良いとか悪いとかではなく、ミュージシャンの自己表現をする一つの媒体としてPVは昇華した。そしてPVと呼ばれる事は稀になってMVと呼ばれる様になっていったのがこの頃だったと思う。

MVとPVが違う顕著な例としてこんな人たちを例に出してみたいと思う。

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「お馬鹿パンク」と揶揄されてしまう程アホなPVばかり出しているBlink-182である。見ればわかる通りアホである。でもこのアホなPVのおかげでバカ売れした。まさにプロモーションビデオである。そんな馬鹿っぽさが売りのBlink-182だがこんな曲も出している。

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「stay together for the kids」という曲で、離婚家庭における子供の問題を歌っている。別に普段アホな事やってるんだからアホな事をやり続けろというつもりは無いが、アホっぽい彼らもMVで自己主張してるのである。まさに自己主張としての音楽作品であり映像作品でもある。

最後に、PVではないけども映画の1シーンから

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先述したジョン・ランディスが監督したブルース・ブラザーズから。音楽は音が楽しいと書くけども、耳だけでなく、映像からの情報をプラスすることで楽しさは数倍になる。そんな音楽を映像として提供したのがブルース・ブラザーズという映画だと思う。何年経っても良いものは良い。メッセージ性とかでなく、もっと単純に音楽の楽しさを全面に出したブルース・ブラザーズの様なPVが出てきて欲しいと切に思う。